次の一冊はこれ!

「次の一冊はこれ!」は、本好きなあなたにピッタリのブログです。本を読む以外に能がない哲学畑のおじさんが、話題の新刊から隠れた名著まで、さまざまな本の魅力をぎゅっと詰め込んだ紹介文をお届けします。「次に何を読もう?」と迷ったとき、このブログが新しい一冊との出会いをサポートします。

『Potential History: Unlearning Imperialism』Ariella Azoulay

この本は、「歴史って本当にこのままでいいの?」と問いかけてくる本です。歴史の見方や考え方をひっくり返し、私たちが当たり前だと思っている「歴史の枠組み」を解きほぐして、新しい視点を提案してくれます。

歴史を「アンラーニング」するってどういうこと?

著者が言う「アンラーニング(unlearning)」は、「一旦忘れて、新しく考え直す」こと。特に、帝国主義植民地主義が作り出した歴史観を問い直すことがテーマです。

たとえば、学校で教わる歴史の教科書には、支配する側の視点が色濃く反映されていることが多いですよね。でもその裏側には、抑圧されたり、声を奪われたりした人たちの物語があります。その「見えなくされた歴史」に光を当てて、今の歴史の枠組みを再構築しよう、というのが彼女の提案なんです。以前紹介したサイディヤ・ハートマンの「母を失うこと」とも共通するテーマですね。

写真が語る「もうひとつの歴史」

この本では、写真が重要な役割を果たします。写真は「証拠」として信じられることが多いですよね。著者は、写真が時には支配や権力の象徴にもなる、と指摘します。

ただし、それだけではありません。写真には「潜在的な力」があって、抑圧された人々の存在や物語を再び表舞台に引き出すツールにもなるんです。著者は、写真を使った歴史の語り直しに大きな可能性を見出しています。

潜在的な歴史」って?

彼女は、「歴史は固定されたものじゃない」と考えます。つまり、今の歴史はあくまで「現在の視点」から作られたもので、そこには語られなかった別の可能性=「潜在的な歴史」が隠れていると。

彼女は、その可能性を発掘することで、新しい未来を描けるんじゃないか、と提案しているんです。この発想は、ただ過去を振り返るだけではなく、「未来のために過去をどう扱うか」を考えさせてくれます。

読んでみて思うこと

この本は、正直、簡単に読める本ではありません。哲学的な議論も多いし、考えさせられる内容ばかり。でも、読んでいると「これまで当然だと思ってたことが、実はそうでもないかも?」と気づかされます。

たとえば、写真を見るときも、「これを撮った人の意図は?」とか、「この写真に写っていないものは?」といった視点で考えるようになります。歴史やアート、記憶の扱い方に興味がある人にとって、この本は新しい考え方の宝庫です。

 

「歴史は過去のもの」じゃなく、「未来を創るためのもの」――そんな著者の考え方に触れてみたい人に、ぜひおすすめしたい一冊です。

『母を失うこと――大西洋奴隷航路をたどる旅』サイディヤ・ハートマン

ハートマンはアフリカ系アメリカ人であり、奴隷として連れて行かれた祖先の足跡をたどるため、ガーナからアメリカへの奴隷船の航路を逆走するかたちでアメリカからガーナへと向かいます。この旅の目的は、単なる歴史的事実を探ることではなく、奴隷制度によって断絶された「家族」という概念を再考し、失われた繋がりを再構築しようとするものです。しかし、この試みはしばしば挫折します。なぜなら、歴史そのものが圧倒的な暴力と沈黙に満ちており、簡単に明らかにすることができないからです。

本書は、過去の出来事を再構築する試みだけでなく、現代社会における奴隷制の「亡霊」を描き出しています。奴隷制度の遺産は、単に過去の出来事として存在するだけでなく、現代の社会的不平等や人種問題に影響を与え続けています。ハートマンは、その「記憶の空白」に光を当て、奴隷制がいかにして人間性アイデンティティを奪い去ったのかを追求します。

特に印象的なのは、ハートマンが歴史を語る際の視点です。彼女は従来の歴史書が無視してきた「沈黙を余儀なくされた声」に焦点を当て、奴隷として生きた人々の視点を復活させようと試みます。このアプローチは、単なる歴史の復元ではなく、過去と現在を繋ぐ新しい物語の創造とも言えるのです(専門用語でcritical fabulationと言います)。

また、ハートマンは「被害者」としての祖先を一面的に描くのではなく、彼らの抵抗や生きるための創意工夫にも目を向けます。この点で、彼女の語りは単なる悲劇ではなく、祖先たちの生命力や希望をも表現しています。

本書は、歴史学、文学、人類学の境界を超える作品であり、個人の旅と普遍的なテーマが見事に融合しています。奴隷制度の遺産や、現代に続く人種的な不平等について考えるきっかけを与える本書は、過去と向き合う重要性を私たちに問いかけます。

全体を通して、この本は単なる「過去の話」ではありません。それは、今なお私たちの世界に影響を与え続ける歴史的な力の存在を鋭く示唆しており、読み手に深い感銘と問いを残します。

『計測の科学』ジェームズ・ヴィンセント

ジェームズ・ヴィンセントによる『計測の科学』(Beyond Measure)は、私たちの日常生活や社会全体に浸透する「計測」の根源を鋭く掘り下げ、その背後にある科学、歴史、哲学を解き明かす刺激的な一冊です。本書は、単に測定技術や計測機器の進化をたどるだけではありません。むしろ、計測がどのようにして私たちの世界観を形作り、権力構造を支え、時にはそれを再編成する力を持つかを問いかけます。

ヴィンセントは、メートル法の標準化や時間の計測の普及から始まり、体重計や気温計、現代のビッグデータアルゴリズムによる計測へと進化する「計測」の歴史を描き出します。この過程で彼が強調するのは、計測が単なる客観的な手段ではなく、常に政治的・文化的背景に影響されるものであるという点です。例えば、19世紀にメートル法が導入された背景には、フランス革命がもたらした平等主義的な理想がありました。しかし同時に、その普及は帝国主義的な拡張や植民地支配の道具ともなったのです。

さらに、ヴィンセントは、現代社会における計測の影響力を鋭く批評します。例えば、ソーシャルメディアの「いいね」やフィットネスアプリのステップカウントといった、日常生活のあらゆる側面がデータ化され、評価可能な数値に還元される現状を通じて、計測が私たちの行動や価値観をどのように規定しているのかを問い直します。これにより、私たちは「見えるもの」だけに注意を向け、「見えないもの」に価値を置く能力を失いつつあるのではないかという警鐘も鳴らされています。

しかし本書は、計測を単に批判するだけでは終わりません。ヴィンセントは、計測が科学や技術、さらには人類の知識そのものの進歩に寄与してきたという肯定的な側面も認識しています。たとえば、計測は気候変動の科学的理解を深める手段であり、医療技術の進化を支える基盤でもあります。そのため本書は、計測の歴史を知ることで、私たちがその力をより慎重かつ意識的に活用する方法を見つけられるのではないかという希望を提示します。

『計測の科学』は、計測をめぐる歴史的・文化的・社会的な文脈を深く掘り下げながら、私たち自身の価値観や行動を見直すきっかけを与えてくれる貴重な一冊です。計測という当たり前の行為が持つ意味を再考することで、より豊かで多面的な視点を得ることができるでしょう。科学、哲学、歴史に興味がある人はもちろん、現代社会のあり方に疑問を抱く全ての人にとって、強くおすすめしたい一冊です。